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2011年 09月 13日
長い長い道のりでしたが、卒業が決まりました。
学位もいただけることになりました。 今後は「博士と助手」で、華麗なるボケがつとめられるよう、さらなる精進を積みます。 今まで応援してくださった方々に心からの感謝を。 ありがとうございました。 2009年 09月 19日
不在の一年の間に変化した(かもしれない)こと
(1)経済が悪いのにロズリンの高層ビル化は一段と進んでいる件。 (2)ロズリンのお気に入りのステーキ屋さんが跡形もなくなった件。(寂) しかし、経済の良い最後の時期に閉店してお店と土地を出て行った店主さんはラッキーだったと思う。 (3)タウンハウスにカーテンが増えた ![]() 私が留学していた90年代後半から2000年代にかけては、アメリカの家にはカーテンがとても少なかった。ヨーロッパからの留学生といつも、「なんで、通り沿いで部屋が丸見えなのに、開けっ放しにできるんだろう」と話題だった。 アメリカの人に聞くと、年配の人も若い人も、「カーテンなんて格好悪くって、とても掛けておけない」というのがお決まりの返事だったわけで、「ブラインドだけの方がずっとステキ!」だったのだそうだ。 どおりで、グーグルのストリートビューで家やら庭やら車やらみんな丸見えでも気にしない訳で。 むしろ、それなりに頑張って収入を得て暮らしている人達は、頑張っている家のエクステリアもインテリアも車も庭もみんな見て欲しかったりするんじゃないかとも感じたりしていた訳で。 その辺りは本当にカルチャーの違いなのだろうと思っていた。 ところがこの夏戻ってみると それなりにミドルクラスなタウンハウスには軒並みカーテンが。 再び 「なんでだ?」 友人達に 「流行?」 と聞くと 「セキュリティかも(←泥棒が増えているかも)」説 「経済が悪いから外に出ないで部屋の中をきれいにしているんだよ」説 など様々あるけれど、結局よくわかりませんでした。 写真の右側のお家はジョン・F・ケネディが上院議員時代に住んでいた家。 その左側のきれいなお宅とともに、今年はカーテンがかかっていました。 (4)H1N1(エイチ・ワン・エヌ・ワン) Swine Flu(豚インフルエンザ)と呼ばれていた時期もありましたが、今では日本で「新型」と呼ぶのと同様に「H1N1」に統一。スペイン風邪もソ連風邪も、A型は確か「H1N1」。 ![]() で、町中あらゆるところに、このSanitizer(消毒液)ディスペンサーが。 大学も言うに及ばず、人の集まるところにはすべからく設置されています。 大学で扉を開けるときにコートの袖で開いていた先生を見た時には「いやー、それはちょっと」と思いましたが、気持ちはわからないでもありません。 ていうか。 握手のお国柄なんだから、トイレ出る時には手を洗いましょうよ。とりあえず。(←まずそっちだって!) 出入りしている2つの大学のうち一カ所では、患者さん発生の報告がメールされてきました。 いやいや。実は日本の勤務先で既に8月中に患者さんが出ています。 栄養つけて元気にしておくのも、予防策。 よく【肉ぅ】食べて、良く眠れ。 以上。 2009年 09月 17日
![]() ほとんどちびたちをアメリカに連れてきたことを証明するためのアリバイ作りのような(笑)。 今までどこにいたのでしょうか、この子たちは。 という訳で、昨日発売のダン・ブラウンの新作を買ってみました。 主人公は三度(みたび)宗教象徴学者のロバート・ラングドン。 舞台はワシントンDC(ひゃっほー!)。 自分に言い聞かせますが 読んでいるヒマはありません。 今回は本気で背水の陣を敷きました。 論文書き終わってからだぉ! 逃避したら溺れるぉ!! ふぁーい。 だから、買った理由はアリバイ作りですってば。(←内なる自分の戦い。笑) 2009年 09月 10日
もうこのブログで30回くらい(←そんなに多くはない)書いている気がするのですが、らふぃさんを泣かせるには、悲劇的なお話とかドラマとかではなく、感動的な映画などでもなく、ただただ美しくうねるチェロかアルト・サックスのメロディを持ってくればよろしい。脊髄反射的に泣き出します。
だーかーらー どうかお茶に入ったお店で私を号泣させないでください。 皆さんを泣かせるものは何ですか? いやいやいや、そういうことで泣いている話題ではなく、場合でもなく。 とりあえず5ページくらいで書き流していこうかと思っていた部分に関連するたった一つの先行研究を念のため読んでみたら、私が持っている約100ページの資料と正反対のことが書かれている件。どこをどーやったら、そんな正反対の話が出てくるのだ? 一体、誰に気を遣っているのでしか? と、すっかりタイプを打つ手が止まりますた。(←そんなヒマはない!) この先行論文掲載雑誌を、私の論文指導教員の一人が編集しているのもどーにかして欲しい件。 時効じゃだめですか。そうですか。 そんな感じで「泣き」の一日。 2009年 09月 09日
今回の滞在の目的は、基本的に「書く」なので、友人達への連絡は最低限にしていた。
にもかかわらず、懐かしい場所を出入りすると、まだ懐かしい友人達に出会えるのが嬉し過ぎる。 図書館で雑誌記事を検索していたら、壁の向こうからひょっこりとミーシャが現れた。彼がフランス大使館そばの極めて治安の良いはずの地域にある家で、強盗に襲われたのは4年前だったか、もう5年になるのか。 もう随分前のこと、というだけが仲間だった私たちの間にある記憶。 そしてその間、ずっと彼が戦い続けているということも。 お母様が一緒に住むようになったけれど、たった一人の長く辛い道程だったし それはこれからもまだ続く。 一ヶ月間の昏睡の後、何度も生死の間をさまよった彼は、奇跡的な回復を見せている。杖をつきながら、ゆっくりゆっくり歩くけれど、もう発作に襲われることもなくなった。先学期は学部向けの授業を担当していたらしい。昨年会った時に使っていた、車輪つきのウォーカーはもう必要なくなっていた。ぶらぼー! 図書館から学生向けのヘルスセンターまで、5分の道程を二人で30分以上かけて歩く。一年間を埋める話をするには全く足りないけれど、これも神様がくださった再会の時間なのだと、ミーシャと一緒だと素直に受け止められる。 ヘルスセンターの前で、何故かここだけ自動でない扉(何故だ!!)を開いて、お別れを言った。 右の頬にキスをしてくれるのだけど、そうそう、私がいつもヘタクソなので、右、左、右と3回繰り返すロシア風を、私の場合だけは1回にディスカウントしてくれているのだった(笑)。なつかしー! そんなことすら、嬉しすぎる午後。 約束は来年、同時にプログラムを終えること。 そしてとりあえず来週辺り、みんなでご飯を食べましょう。(←とっても現実的) 卒業式の頃にはどれくらい回復しているだろう。 その頃、私は本当にここに来て、彼と会えるのかしら。 あ。 ロシアの方達は男性同士でも唇にキス、ですので、ご心配なく。(何をだ!笑) Dum vita est spes est - While there is life there is hope Dum spiro, spero - While I breathe, I hope. 生きている限り、希望がある。 まさに。 2009年 08月 28日
![]() Energy Drink=Red Bull。 通常の濃紺でなく水色缶なのはシュガーフリーだから。 潔くねー。(笑) しかもMacの横に総合ビタミン剤+α置きっぱなし…! 旅先だからって、毎日外に出歩かなくちゃいけないってものじゃない。 ちぅ訳で、宿にお籠もりしています。 外は少し蒸し暑いくらいのいい晴れなのにねぃ。 大丈夫かしら、私。(-"-) テッド・ケネディ上院議員逝去のニュースには、後々自分のために書き留めておかなくてはいけないことがてんこ盛りなのに、とてもそれをまとめる心の余裕がありません。残念過ぎ。 2009年 08月 26日
![]() ただいま! ただいま!! ただいま…!!! 窒息寸前の肺にたっぷり酸素がはいった気分。 日本に、東京に、時間(とき)の国に、何の不満もない。 むしろ、幸せで楽しいことも多い。 高層ビル街で独占する東京の空も捨てがたい。 地平線が見えそうな程広い、時間(とき)の国の空もことのほか気に入っている。 でも、ここに来るとはっきりわかる。 この空が私の心と体には必要なんだ。 一年ぶりなんて、窒息寸前だったんだ。 もう大丈夫。 ここで血反吐はくまで書きます。(←全然健康じゃないぉ。) 2009年 08月 06日
Hotmail・So-net・Yahoo (JP)・Gmail・職場・学校などの各アドレスに分散するメールを、Gmailで一元管理
先延ばしにしてきた(ほぼ)メインアカウントのHotmailの移行作業。 9月1日にWeb DAV完全リタイアにつき、POP送受信に切り替えろとのご指示。 Web DAVと言われても何が何やら?--なのですが、現在使用中のメールソフト、Microsoft Entourageで、IMAPのようにサーバ上で直接メールを送受信できる使い勝手が気に入って、Hotmailアカウントを愛用してきました。(無料のHotmailでこの管理ができるのは2004年9月までにこの管理を始めた人のみへの優遇。) 私はPOP派ではありません。 受信はサーバにメールを残しておけば、どのコンピュータでもダウンロードできますが、送信の一元化がPOPではできません。 「この間の返事はどう書いたっけ?」 …と送信したメールを探します。 家Macにもない、職場PCにもないっ…! ラップトップのローカル保存だった…。orz(→かばんガサゴソ) なんてことがないように、ローカルメールソフト上で書いメールを即、サーバ上に吸い上げてくれるIMAPがお気に入り。 そんな訳で、今後HotmailはWeb DAVでもIMAPでもなく、POP対応になるということなので、対策を考えました。Hotmailだけでなく、アクティブで8個もあるメールアカウントもこの際、一元管理にしてしまおう、と。 Gmailならば、IMAP管理ができるし、必要があればPOPで他に転送も可能です。このため、Gmailに、これらの既存のアカウントをまとめて今後も使い続けられるようにするための、管理アカウントを作りました。 これが、この忙しいのに、 壮大な計画にっ…! 覚え書きとして、作業を順次、書き付けていくことにします。 覚え書きぃ 2008年 03月 26日
Rosslynから始めよう(2)
![]() 首都のある特別区から川を越えてワシントン市対岸のヴァージニア州Rosslyn(ロズリン)に住んだのは、毎朝橋からこの景色が見たかったからだ。 11年と7ヶ月前、そうして私は住む場所を決めた。 住み始めて数年してワシントンへ向かう川越えの手段は地下鉄に変わったけれど、それでもこの橋の景色は毎週の楽しみだった。 歴史的に見れば、一度は首都の一部を構成するはずだったこの町には、郊外とはいえ早くから国の重要施設が建ち並ぶ。このエリアを離れれば、多くの人がその事実を知らないことも、町の秘密を一緒に担っているようで魅力的だった。 春には祖国が贈った桜の花が町の人々を喜ばせる。 母国語のニュースと同じように、開花を待ちわびる人々の姿を伝えるアナウンサーの言葉に、もうかつての他人行儀な距離を感じない。短い春は桜と共に過ぎ去り、長い夏がくる。他の土地から来る人達は、この町の夏は蒸し暑くてやりきれないと嘆くけれど、私が生まれた町よりはずっと乾いて過ごしやすい。そう言うと、誰からも驚かれた。 長い夏が通り過ぎた途端、駆け足で冬が近づいてくる。その合間のほんの短い時間のくすみのない紅葉も楽しみだった。 からりと晴れた冬空。人の声も近所の空港から飛び立つ飛行機の轟音も、全てを呑み込み静まりかえる雪の朝。厚く凍り付いた川。僅かに剥き出した皮膚から体温の全てを奪い去ろうとする寒気。そんな日に風が巻き上がるこの橋を渡ると、自分の中で何かが生まれ変わる気がした。 そして、寒暖の激しいせめぎ合いと戦いの末に、再び春が来る。 この国の多くの人が待ちわびた復活祭が訪れ、そして自分の生まれた国では年の区切りをつけ、すべてがあらたまる。再生の時だ。 離れた祖国でも、新しく暮らし始めたこの国でも 言いたくないことや言えないことが少なかった訳では決してない。 それでも、この橋を渡れば、新しい日が始まった。 この町は、自分の再生のシンボルだった。 二つの国。二つの故郷。二つの言葉。 どちらの言葉で景色を置き換えてきたのだろう。 どちらの言葉で思いを置き換えてきたのだろう。 どちらの国の生活を自分の足場に置いてきたのだろう。 そう考えることにはもう意味が見出せないほど、どちらも私の中にあり、そしてどちらの中にも私があって欲しいと願う。 だからどこで暮らすかを思い悩むより、自分が信じた道を愚直に、ただただ歩いていければそれでいいではないか。どこで暮らすかではなく、未来に続く時間の中に身を投げ出してみよう。時間の中を旅して行くのは、これまでもこれからもきっと変わらない。 そして決めた。 - - - - - 11年7ヶ月を暮らしたRosslynの町、そしてワシントンを離れることにしました。 アメリカでは未だに博士論文を書いている大学院生の身分のままですが、日本での就職が決まりました。 4月1日の着任に向け、帰国します。 「論文を書き終えたらどうするの?」 これまで何度となく尋ねられた質問でした。 「機会がある場所ならどこにでも行くつもりです」 この答えには一片の嘘もなかったけれど。 一つを選択するということは、他の可能性を捨てること。 少なくともたった今は。 そして全く予定外だったのは、進まぬ足かせのような論文を持ち帰って 仕事と論文の両方に向き合わなければいけないこと。 この論文の執筆は、私の喜びと苦しみの両方のソースです。 それでも、と思ったのは ひとつには赴任先が私を求めてくれたからであり もうひとつには、私が自分を育ててくれたこの町にいつか恩返しをするためには 今この町を離れることが一番の近道だと思ったからでした。 赴任先は東京ではありません。 初めて暮らす町に向かいます。 空間移動の感覚がだいぶ薄れてしまったので これからは時間の旅人となって Rosslynから未来に向かう時間(とき)の国へ。 このブログのまま かつてRosslynで暮らした思い出と いつかRosslynに戻りたい希望を心の片隅に置きながら 新しい場所で出会う生活の断片を これからもここに綴れたらと思っています。 初めてこの町から橋を渡ったあの朝も 今朝も 明日も ずっと 私に朝が来る限り Rosslynから始めよう I hit the road 今日これまでの生活から旅立つことにします。 訪れる変化をとても とても楽しみにしています。 今日までのRosslynでの生活に 温かい言葉や気持ちを沢山頂いてきたことに感謝します。 ありがとうございました。 そして これからも変わらず、仲良くしてください。 よろしくお願いします。 ![]() 大変わがままなのですが ここではこれからも伸び伸びさせてください。 そのために、検索にかかるような地名・職名をコメント欄などに書き込むことは どうぞご遠慮ください。よろしくお願いします。 More 2008年 03月 23日
だから今年はこんなに早くイースターが来るんだね。 ![]() これは梨の木。 毎年、桜よりほんの一瞬だけ早く満開になる。 タイダル・ベイズンのYOSHINOも咲き始めた木があると聞いた。 見頃は来週末かしら。 今年は満開が見られるかなぁ。 週始めに咲き始めてくれるかなぁ。 ![]() キャンパスのしだれ桜はもうゴキゲンでした。 Happy Easter!! < 前のページ次のページ >
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